ヨーロッパ直送・外資系ビジネスマン兼作家のブログ


by stevebrussels
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キプロス島

キプロスは去年EUに加盟した島国。レバノンやシリア、トルコのすぐそばなので、ヨーロッパとは少し雰囲気が違うが、古くからヨーロッパ諸国とは関係のあった国である。言語はギリシャ語。英連邦なので、英語も通じる。わたしが駆け出しの頃、「ヤニス」という同僚がいたが、この国では、「太郎」に相当する典型的な名前らしい(英語でいうGeorge)。

この国は、EU加盟までは、法人税率4.25%という低税率を売りにしたタックスヘイブンとして有名だった。しかし、EU加盟条件として欧州委員会は税率を上げることを要求し、現在では 10%である。それでも他のEU加盟国よりもかなり低い。特にロシアの会社がこの国に持株会社や資産運用会社を置くことが多いので、うちのモスクワ事務所とは結びつきが強い。

10月だというのに温度は30度近い。プールで寝そべっていたいが、一日中会議なのでそうもいかない。今回の会議には、NYからうちのグローバルファームの社長(13万人の総帥)も奥さんを連れて来ていた。尤も、最終日は、家族も参加可能のカタマランクルーズにでかけることができた。今度ゆっくり訪れてみたい国である。

さて、これから東京出張。疲労困憊状況なので、成田に着いたら、ユンケルの高めのやつを飲んでみよう。。。

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by stevebrussels | 2005-10-15 21:04
予定通り、日本人の部下がロシア人の同僚二人を連れて拙宅を訪問。わたしは、焼き鳥屋のオヤジのごとく、庭で煙まみれになりながら、肉を焼き続ける。外は、曇り空。ロシアではお土産の習慣があるのかわからないが、ウォッカとキャビアをもってきてくれた。先月、モスクワにいったときは、空港でキャビアをみつけることができなかった。店員に聞くと、法律で禁猟のため、品薄とのこと(おそらく、マフィアの乱獲で個体が小さくなっていて、政府が禁猟期間をもうけているのだろう)。

にもかかわらず、さすがロシア人だけあって、どこかでみつけてきてくれたのだろう。今の時期はまず手に入らないロシア産キャビアは、正直うれしかった。お返しに、昨日買っておいたピエールマルコリーニの期間限定バージョンをあげたら、かなり喜んでくれたので、疲れている体に鞭打って買出しにいった甲斐があった。

ちなみに、ロシア語で「魚のたまご」を「イクラ」というそうな。よって、鮭のイクラも、チョウザメのキャビアも、「イクラ」というらしい。むろん、修飾語で区別するのだろうが。

いずれにせよ、この二人とは馬があいそうだ。彼女らに協力してもらって、ロシアのビジネスを大きくしていかねばならない。
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by stevebrussels | 2005-10-03 00:20

出張のあいまのBBQ

英国バーミンガムに3泊し、今朝、モスクワから出張中のロシア人の同僚二人とブリュッセルに戻ってきた。

明日は日曜なので、朝はモスクワ駐在予定の部下にアテンドさせ、夜はわたしの家に呼んで、もてなすつもりだ。ロシア人は、意外と密着型の人間関係を重視するので、徹底的にやる必要がある。

というわけで、近所にあるベルギーの高級スーパーRobにいって、肉を2キロほど買ってきた。牛のサーロインを1キロ、ラムの骨付きを1キロ。これをわたしが明日庭で焼いて、出すという算段だ。ついでに、デザート用のケーキと、さらにお土産用にピエール・マルコリーニというベルギー産のなかなか美味なチョコの新作も買ってきた。わたしとしても、大事な部下を駐在させるので、彼のホスト国の幹部をもてなす必要があるのだ。

わたしは、肉は基本的には好きではない。しかし、自分の目で選んできた肉だけは好きだ。このため、肉の素材にはけしてケチらないし、妥協もしない。東京にいたころは、人形町の今半にいって買っていた。肉にこだわる連中があつまる老舗だ(江戸時代創業)。

当然、切り身などは邪道。塊で買ってくる。肉の塊に前日に、オリーブ油をかけて、さらに天日塩をまぶして、サランラップでぐるぐる巻きにする。そして、冷蔵後に保存しておくと、翌日の晩には、きわめてやわらかい肉になる。

翌日の月曜は朝は社内会議、午後はクライアント。火曜からは、キプロス島で、社内会議で、またまた土曜まで。NYからグローバルの社長もくるようなので、それなりに重要な会議なのだが、いかんせん疲れた。まだ、29度もあるようなので、なんとか途中で会議を抜け出してプールで泳ぎたいところだ。

その翌週は、また月曜だけブリュッセルで、火曜から今度はポーランド。

そして、その週末から二週間日本出張。その間に、サハリンまでいかなければならなかったのだが、それは延期した。

こうやっていろんな国を出張していると、娘がよく電話してくる。
「パパ、早く帰ってきて」・・・異国の地で電話の向こうの娘にそういわれると辛いものがある。
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by stevebrussels | 2005-10-02 05:07

木の軍鶏

e0071926_83151.jpg先般、日本出張中、ひさしぶりに軍鶏(しゃも)を食べる機会があった。

軍鶏には特別な思い出がある。子供の頃、ひょんなことから軍鶏の有精卵を手に入れて孵化させたわたしは、軍鶏の雛の美しさに完全に心を奪われた。熱心に育てたのだが、急速に大きくなってしまい、ある日、学校から帰ると、軍鶏がいない。祖父が地方の家にもっていってしまったとのこと。

それ以来、行方不明である。euphemism(婉曲表現)というコトバは知らなかったが、直感的に「あいつはもうこの世にいないんだなぁ」と悲しんだことを、いまでも鮮明に覚えている。 

ところで、軍鶏というと、荘子に「木鶏」という話がある。

昔、中国で紀悄子という軍鶏使いが、王のために闘鶏を飼っていた。あるとき、彼は見事な軍鶏を手に入れ、王を喜ばせた。

十日ほど経った頃、王が「そろそろ闘わせてはどうか?」と聞くと、

紀悄子は
「いえいえ、まだ早いですな。空威張りしております。闘争心むき出しですからいけません」
と答えたそうな。

さらに十日ほどして
「どうだ、そろそろいいじゃろう」  と痺れを切らした王が訊いても、

「まだです。他の軍鶏の声や姿を見ただけで、いきり立つようではまだまだです」
ととりあわない。

さらに十日経っても、「まだです。目を吊り上げていきり立つようでは、本物ではございません」

それから、さらに十日経ったある日、王様が再度促すと

「もうそろそろいいでしょう。鳴くものありといえども、既に変ずるなし。
これを臨むに木鶏に似たり、その徳、全し」  と応えたそうな。

つまり、他の軍鶏が鳴いていても顔色ひとつ変えず、徳が充実した状態・・・まさに無為自然の境地に達し、あたかも木彫りの鶏のごとく泰然とした軍鶏に仕上がったという逸話である。

冒頭で述べたわたしの軍鶏は、木鶏になるチャンスさえ与えられなかった。
だが、あの軍鶏と出会えたお陰で、「木鶏」の話を知り、さらにその背後にある老荘思想を学ぶことで、曲がりなりにも、私の人生はいくばくかはらくになったのではないかとおもう。
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by stevebrussels | 2005-10-02 01:19